

出身地は千葉ですよね?はい、本当に自然に恵まれたところで育ったので、松ぼっくりを拾ったり水溜りに長靴で入って足をびしょびしょにしたり、わんぱくに遊んでいましたね。
そうですね。不便だったんですよ。駅からバスで行かなきゃ行けないところで、子どもの時はバスがなかったんですよ。
ヒヨコみたいな感じですね。こうと言えば『はい』みたいな。父親に溺愛されていたので、口を開けたら食べさせてくれるみたいな感じで、もう本当に素直で天真爛漫に育ちました。
そうですねぇ。マイペースが一番みたいな感じで、個性を大事にという方針だったみたいで、そしたらこんな風に育ちましたね(笑)
その頃から寂しがり屋で母親にべったりだったので、いつも母親が傍にいてくれました。だからお母さん子だったかな。夜とかも暗いところが恐くて眠れないと、母の隣で目をぎゅ―ってつむって寝てました。
物心が付くまでボーイッシュだったんですよ。髪はショートカットでパンツスタイルで。
従兄弟も男の子ばっかりだったので、その中で育ちました。おばあちゃんの家の裏山を駆け回ったりしましたね。
はい、小学生の頃から習っていました。ピアノは本当に大好きで、中学生くらいの時はピアノの仕事をしたいと思っていたんですよ。でも、私って日頃は緊張することはなかったんですけど、ピアノを弾く時だけ緊張気味で、ちょっとそれは…って思いとどまって(笑) でも、今でも集中する時は弾いたりしますね。
小さい頃はあまりテレビを見て育たなかったんですけど、中山美穂さんとか好きでしたね。親が厳しかったので、小学生くらいまでテレビを見ていなかったので、話についていけなかったです(笑)
知り合いの紹介です。もう引退してしまったんですけど、友達がテレビに出演してたんですね。で、知り合いづてにちょっと会ってみたいってことで事務所の方に会ったって感じですね。
一個一個のお仕事が印象に残っているんですけど、去年の秋に舞台をやったんですね。そこで集中力を学びましたね。私はもともと時代劇とか好きで、その影響で普段から日本舞踊をしているんですけど、演技を習っていた先生に舞台に連れて行ってもらったんですね。それで、感想を求められて、感想を伝えたら舞台のお仕事を紹介してくださって。
好きですね。色んな人生の局面に出会えるので、それってすごいことですよね。
その時は盲目の少女の役でした。そこを研究したりするのが大変でしたけど、自分なりに設定を考えてやったりするのが勉強になりましたね。
やっぱり、一個一個の作品に想い出がありますね。衣装もそうですし、撮り方にも想い出があります。私だけじゃなく、周りのスタッフの方と一個の作品を作るので、思い出はたくさんありますね。
一時期、写真集を出すのが夢だったので、一番初めに出した写真集はすごい嬉しかったですね。写真家の山岸伸先生に撮って頂いて、限定発売だったんですけど。山岸先生にすごい綺麗に撮って頂いて嬉しかったですね。写真にも表情があるということで、随分社長からも怒られたんですね。ニコパチじゃないと(笑) でも、ようやく最近ですね、意識しないで色んな表情を演じながら撮られるっていうのを覚えたのは。
私はアイドルアイドルっていう感じでもないので(笑)最初に歌をやる時に社長とお話をして、歌をやるならきちっとした歌をやりたいってことを伝えました。歌は好きなんですけど、本格的にやり始めたのは今の事務所に入ってからで、初めて詞も書きました。
子どもがいる役でしたので、どういう感じなのだろう?と、そこは想像で作るしかないのと、後は撮影現場で作っていくしかないという感じでしたね。現場では、バナナマンの日村さんに引っ張って行ってもらって楽しい現場でした。
歌はこれからもやって行きますし、ラジオのレギュラーもありますし、映画にも出演する予定です。今後の夢は、出来る事をしっかりやっていきたいですね。
色んなものに恵まれている時代でもありますので、心の豊かさを大事にして日々楽しんで生きていって欲しいですね。当たり前ですけど、親の言うことって間違っていないと思うので、親の言うことを聞いて日々を過ごして欲しいです。